Nikkei Online, 2025年4月30日 5:42
トランプ米政権は29日、発足から100日間の成果を公表した。批判と不安が渦巻く強引な政策が「米国の黄金時代」に続くと主張する。うのみにはできない。同日朝にレビット大統領報道官が公表した内容を、米国でそれぞれの分野を担当する記者が検証した。
保護主義的な高関税政策や減税策の目的は国内製造業の復活だ。ホワイトハウスはトヨタ自動車やアサヒグループホールディングスなど日本企業を含む「新規投資リスト」を公表した。
内訳で大きいのはテクノロジー大手だ。米エヌビディアは最新の人工知能(AI)半導体など最大5000億ドル(約71兆円)分を米国内で生産すると表明。オープンAIやオラクル、ソフトバンクグループ(SBG)もAIインフラ整備に4年間で5000億ドルを投じる計画「スターゲート」を共同発表した。
だが、大々的な投資発表については企業側の「面従腹背」を指摘する声も出ている。例えばアップルが打ち上げた5000億ドルの計画だ。
アップルは2月、南部テキサス州にAIサーバーの工場を新設するなど、今後4年間で5000億ドルを米国内に投じると発表した。具体的な金額の内訳は開示していない。ホワイトハウスの中でも、実際の投資はそこまで大きくならないと懐疑的な意見がある。
アップルはトランプ第1次政権の18年は、5年間で300億ドル以上の直接投資を米国で行って3500億ドルの経済効果をもたらすと表明した。バイデン政権下の21年には4300億ドルに引き上げた。
業績を分析すると、これらの金額はサプライヤーへの支払いや営業費用なども合わせた支出実績と重なる規模だ。今回の「5000億ドル投資」も、新規投資ではなく通常の事業運営範囲内の支出を指している可能性がある。
半導体業界に詳しいアナリストのパトリック・ムーアヘッド氏は「21年公表の投資額(4300億ドル)に比べると、その間のインフレなどを考慮すれば、今回の5000億ドルはアップルにとって決して大きなコミットメントではない。トランプ政権の対中追加関税をなだめるための手段だ」と指摘する。
前回発表で目玉としていたノースカロライナ州での新拠点建設は中断したとも報じられており、2万人の新規雇用目標が達成されるかも不透明だ。
「ドリル・ベイビー・ドリル(掘って掘って掘りまくれ)」。石油掘削でエネルギー価格を下げるというエネルギー政策は構想通りに進んでいない。
トランプ政権は業界支援のため石油・ガスのためのパイプラインや出荷基地の建設を促している。ライトエネルギー省長官は「ビルド・ベイビー・ビルド(建てて建てて建てまくれ)」と強調する。現政権下で液化天然ガス(LNG)基地の輸出許可をすでに4件出しており、輸出許可を止めていた前政権との違いを鮮明に出した。
ただこうした優遇策に業界が恩恵を受ける前に、高関税政策による景気悪化懸念から原油価格は急落した。29日の原油指標WTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)先物の終値はトランプ氏の就任直前から 13%減の1バレル60.64ドルだった。
米ダラス連邦準備銀行の調査では原油の新規開発には65ドル前後の価格が必要になる。60ドルを割り込めば、原油生産量が減少に転じるとの指摘もある。
石油サービス大手ベイカー・ヒューズのロレンツォ・シモネリ最高経営責任者(CEO)は「関税の不確実性により米国を含む世界で25年の(原油など)上流権益への投資は減少になるだろう」と予測する。米エネルギー情報局(EIA)も4月に入り、関税による景気懸念などから世界の石油需要予測を下方修正した。
バイデン政権後期にあたる 23〜24年、製造業の就業者数は月平均で 5400人減少した。25年3月は 1276万4000人でトランプ氏が大統領に就任した1月から確かに 9000人増えた。
ただ新政権の政策効果とは言い切れない。たとえば分野別関税で保護しようとしている半導体・電子部品は2800人減った。2カ月の増加幅は0.07%にすぎず、統計の振れ幅の大きさを考えると誤算の範囲内だ。23〜24年も2カ月で9000人以上という増加は4回起きていた。
3月の失業率は4.2%で、23年4月の 3.4%よりは高い。まだ低水準といえるが米連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長は高関税政策によって失業率の上昇リスクが高まったと主張している。 ピーターソン国際経済研究所のアダム・ポーゼン所長は今後1年間で米国が景気後退に陥る確率を65%と見積もる。
消費者物価は3月、前月比で0.1%下落した。マイナスは22年7月以来だ。あくまでガソリン価格の下落などを反映したもので、物価の瞬間風速にすぎない。ポーゼン氏は関税の引き上げによる輸入物価の上昇で、景気後退の有無にかかわらずインフレは高水準になると見通す。
物価上昇と景気後退が両立するスタグフレーションの懸念が高まり、FRB内では早期の利下げに慎重な声が多い。トランプ氏はパウエルFRB議長に退任要求を突きつけ、早期の利下げで景気を支えるよう求めたが、中央銀行の独立性を軽視する姿勢が金融市場の不安を高める結果となっている。
(シリコンバレー=中藤玲、ヒューストン=大平祐嗣、ワシントン=高見浩輔)