三菱商事は2027年度から人工知能(AI)資格の取得を管理職の昇格要件にする。データ分析や業務管理でAIを使いこなす人材を増やして労働生産性を高める狙いで、いずれは役員を含む5000人超の全社員に資格取得を義務付ける。AI研修を全社員に実施するメーカーや小売りも多く、日本企業で社員にAIスキルを求める動きが本格化してきた。
まずは入社8〜10年目ごろの課長級に昇格する時期に、日本ディープラーニング協会が運営するAI関連資格の「G(ジェネラリスト)検定」の取得を義務化する。同協会はAI研究の第一人者である松尾豊東大教授や、エヌビディア日本法人などディープラーニング(深層学習)を事業の核とする企業を中心に設立された一般社団法人だ。
G検定の取得者は深層学習の基礎知識を有し、深い洞察力を持ってデータ分析できる能力を持つとされる。オンラインで実施される試験はAIに関わる数理・統計知識や法律・契約などの知識が問われ、正答率70%程度が合格ラインだ。合格には50時間程度の勉強時間が必要といわれる。
三菱商事は数年をかけて経営陣や海外出向者も含めて単体の約5400人すべての社員に同検定の取得を必修にする方向だ。人事部が社員の取得状況を把握し、受験を催促する。同社は管理職に英語能力テスト「TOEIC」や簿記で一定レベルの取得を求めている。昇格要件にAI資格も求めるのはIT(情報技術)企業以外では珍しい。
さらに高い専門性を持つエキスパート人材も育成していく。24年度からは高度なデータ分析などのスキルを持つ高度人材を育成するため、海外大学への短期留学制度を新設した。25年度以降は派遣人数を年10〜20人(24年度は7人)に増やす。
30年には全社員の5〜10%をデータサイエンティストなどの専門人材に近い水準の知識を持ち、ほかの社員との会話で橋渡しができる日本ディープラーニング協会の「E(エンジニア)資格」保有レベルの人材にする。
日本企業でAIスキルを高めるための研修制度は広がっている。
クボタは米マイクロソフトと連携し、このほど海外グループ会社を含む全社員約5万2000人に生成AIの使い方を解説する教材を基に教育を始めた。サッポロホールディングスは2月から、全社員約6000人を対象に指示文に様々な条件をつける「プロンプトエンジニアリング」の基礎から生成AIの最新トレンドまでを学べる研修を始めた。
情報技術関連の部署に限らず、日常業務でAIに触れる機会は増えている。ニトリホールディングス(HD)は25年に顧客とやりとりするコンタクトセンター向けのAI通話解析システムを導入した。商品管理などでもAIを使っており、数年以内に全社員の8割が情報処理に関する国家資格「ITパスポート」の取得を目指している。
キリンホールディングスは25年末までに、国内の約1万5000人の社員全員に業務特化型の生成AIを活用できる環境を整える。マーケティング部署の400人程度に先行導入し、順次、営業や研究開発などの部署にも展開する予定だ。5月からは国内全従業員が生成AIに関する研修を受けられるようにした。
日本企業でのAI活用は海外勢に比べて遅れている。米ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)の24年調査によると、日本で生成AIを日常的に業務に利用している人の割合は従業員で16%、管理職では31%といずれも主要国・地域で最低だった。
BCGの中川正洋マネージング・ディレクターは「日本企業は生成AIの導入効果のイメージが経営レベルで醸成されておらず、投資対効果の道筋が不明確といった理由で取り組みが進まないことも多い」と指摘する。
(長谷川雄大)