テクノ新世 国家サバイバル(3)

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「ムーンラッシュ」へ号砲
 命の水、誤差100mの争奪戦

Source: Nikkei Online, 2023年12月20日 2:00



成功すれば世界初の快挙になる。2024年1月20日、日本の無人探査機「SLIM(スリム)」は約4カ月半の宇宙の旅を終え、月を周回する軌道から月面の一点に向かって降下を始める。狙うのは目標地点から半径100メートル以内への「ピンポイント着陸」だ。

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過去に探査機を月に送り込んだのは米国とロシア、中国、インドの4カ国のみ。大気がなく、減速が難しい月面への着陸は数キロ〜十数キロメートルの誤差がつきものだった。開発を担った宇宙航空研究開発機構(JAXA)の坂井真一郎氏は「従来の月探査とは大きく違う」と胸を張る。

日米印中が月探査を計画

カギを握るのが探査機に搭載した「電子の目」だ。約20分間の降下中、地表のクレーターなどを捉えて正確な飛行位置を割り出し、速度や姿勢を制御する。2007年に打ち上げた月周回衛星「かぐや」が詳細な地形データを集めていたおかげで、JAXAは世界の先頭走者に躍り出た。

ピンポイント着陸を試みるのは日本だけではない。月面への基地建設を目指す米国や中国に加えて、インドも無人探査機の開発を進める。一番乗りを競うかのように、各国の打ち上げ時期は24年から25年ごろに集中する。

「『ムーンラッシュ』が始まった」。米航空宇宙局(NASA)のダン・アンドリュース氏は世界の宇宙開発の現状を19世紀米西部開拓時代の「ゴールドラッシュ」に例える。自らも24年に月面に送り込む探査車の開発を指揮する。

各国が探し求めるのは「金」ではなく、将来の定住に欠かせない「水」だ。地球から月への輸送費は1キログラム当たり約1億円。月面で掘り出す1リットルの水は同じ価値を持つ。

着陸に適した丘は13カ所

水が多く存在する可能性があるのは、日本から見た場合に月の輪郭の最も下に位置する南極付近だ。クレーターの中など、太陽の光がほとんど届かない「永久影」に潜むと考えられている。

NASAによると南極点の周囲で探査機の着陸に適した小高い「丘」は13カ所しかない。希少な土地の確保は事実上の早い者勝ち。各国がピンポイント着陸を競うのはこのためだ。

月での暮らしに必要なのは水だけではない。月面には隕石(いんせき)や放射線が降り注ぎ、昼と夜の寒暖差も激しい。定住に適した土地をめぐる駆け引きも始まっている。

「月の縦穴が狙われている」。JAXAの春山純一助教は月面基地の建設を目指す中国への警戒感をあらわにする。候補地の一つに挙げた地下の空洞は、かぐやの観測データを分析した春山氏が発見したものだ。

月の北西部にある丸い縦穴の底は直径約50メートル、深さは50メートルほど。そこから奥行き数十キロメートルの横穴が続くとみられている。住空間だけでなく、基地の建築材や月面探査車の格納にも使える。中国に囲い込まれた場合、日本が500億円をつぎ込んだ学術的な成果がさらわれる可能性がある。

宇宙空間における国家間の対立を避けるルールは存在する。1967年に発効した宇宙条約の第9条だ。国をまたいで流れる河川の利権を調整する取り決めを宇宙空間に応用した。争いが有害な影響を及ぼす場合には「国際的協議」に委ねると定めている。

だが、学習院大学の小塚荘一郎教授は「利害調整のメカニズムが有効に働くかは分からない」と話す。宇宙条約は国家による天体の領有は禁じるものの、資源の所有については明確な規定を欠くためだ。月面開拓時代は、衝突の危険性をはらんだまま幕を開ける。